こんにちは SmashKf です。
今回で伊豆箱根シリーズは4記事目になります。最初の記事では2日間の全旅程をダイジェストでご紹介しました。今回は2日目の修善寺散策をご紹介したいと思います。
★伊豆箱根シリーズはこちら★
出典:【公式】修善寺温泉観光情報
- 伊豆最古の温泉「独鈷の湯」
- 恋の橋めぐり①「桂橋」
- 静粛なときを感じる「竹林の小径」
- 恋の橋めぐり②「楓橋」
- 悲劇の異母弟「源範頼の墓」
- 伊豆最古の木造建築「指月殿」
- 悲劇の将軍「源頼家の墓」
- 恋の橋めぐり③「虎渓橋」④「渡月橋」
- 源氏ゆかりの古刹「修善寺」
- 修善寺のまとめ
修善寺は伊豆最古の温泉街です。本当なら1日かけてゆっくり巡りたいところですが、足早に廻ってしまいました。
個人的には鎌倉時代の歴史にも大いに興味があります。源頼朝の異母弟・範頼が自刃に追い込まれ、頼朝の嫡男・頼家が暗殺されています。源氏ゆかりの史跡を含めて散策したコースをご紹介します。
廻ったスポットは下の10か所です。
「独鈷の湯」→「桂橋」→「竹林の小径」→「楓橋」→「源範頼の墓」→「指月殿」→「源頼家の墓」→「虎渓橋」→「渡月橋」→「修善寺」
伊豆最古の温泉「独鈷の湯」
修善寺温泉の発祥とされているのが「独鈷(とっこ)の湯」です。
諸国を行脚中の弘法大師が、桂川で病気の父の身体を洗う少年の姿に感じ入り、仏具で川の岩を打って温泉を湧き出させたと伝わっています。
残念ながら見学のみとなっています。「法律に則った浴場ではありませんので入浴できません。足湯としてもご利用できません。」とあります。
足湯として利用している人は結構いますね〜。
恋の橋めぐり①「桂橋」
桂橋は桂川に掛けられた朱塗りの橋です。桂川にかかる五つの橋それぞれに、恋にまつわるご利益があるとされています。
五つの橋を巡る「修善寺温泉 恋の橋めぐり」という町興しの企画だそうです。修善寺は源頼家と桂との愛を描いた、「修禅寺物語」の舞台にもなっています。
別名「結ばれ橋」と言われています。妊活中の方や、出産予定の子供の健康祈願をしたい方は願いをかけながら橋を渡れば想いが成就するかもしれません。
静粛なときを感じる「竹林の小径」
桂橋から楓橋、さらに上流の滝下橋までの桂川に沿う約300mの趣ある遊歩道です。竹と笹に囲まれた石畳が美しい人気のスポットです。
竹林の小径には、茶処やギャラリーしゅぜんじ回廊もあります。
竹林の大きな円形のベンチでは、晴れていれば木漏れ日と心地よい風を感じることができます。
日が沈むとライトアップされるので、昨晩訪れようかと迷ったのですが止めてしまいました。夜には幻想的な散策を堪能することも可能です。
恋の橋めぐり②「楓橋」
今回の順路では桂橋の次の橋めぐりは楓橋です。別名は「寄り添い橋」と言われているそうです。
桂橋は子宝祈願でしたが、楓橋は結婚祈願だそうです。
悲劇の異母弟「源範頼の墓」
源範頼は義朝の六男で頼朝の異母弟にあたります。頼朝挙兵に参じ、義経とともに西上して、源義仲や平氏追討に功績があり三河守に任ぜられました。
後に幕府横領の疑いを招き、頼朝に追われこの地修善寺に幽閉されました。その後、梶原景時の不意打ちに会い、防戦の末に自害した悲劇の武将です。
伊豆最古の木造建築「指月殿」
非業の死を遂げた鎌倉二代将軍源頼家の冥福を祈って母北条政子が菩提所として建立したものです。伊豆最古の木造建築物といわれています。
堂内に禅宋式という珍しい様式の丈六釈迦如来座像が安置されています。高さ203cmの木像で、持ち物はないはずの釈迦像が右手に以心伝心を意味する蓮の花を持っているのが特徴です。
指月殿には「お伺い石」と言う石があって、その石を持ち上げて軽いと感じたら願いが叶うそうです。
悲劇の将軍「源頼家の墓」
修善寺と対面する鹿山のふもと指月殿境内にあります。
先に述べた範頼と頼家は、上述のとおり修善寺の地で非業の死を遂げています。謀反の疑いを掛けられ諜殺された源範頼、二代将軍となるも修禅寺に幽閉され暗殺された源頼家、修善寺を訪れた正岡子規は、こんな歌を詠んでいます。
「此の里に 悲しきものの二つあり 範頼の墓と頼家の墓と」
鎌倉源氏将軍家の悲しい歴史です。
恋の橋めぐり③「虎渓橋」④「渡月橋」
虎渓橋は指月殿の北側にあります。北条政子が指月殿を建立した際に掛け替えが実施されたと言われています。
虎渓橋は別名「あこがれ橋」と言われています。
最後に訪れた橋は渡月橋です。別名は「みそめ橋」と言われています。
桂川にかかる橋は五つあるはずですが、ひとつ渡るのを忘れてしまいました。
一番上流にある滝下橋です。滝下橋は夫婦円満のご利益があるそうです。「安らぎ橋」の別名が設定されています。
源氏ゆかりの古刹「修善寺」
弘法大師によって創建された修善寺を代表する曹洞宗の古刹で、地名の由来とも言われています。正式な呼称は「福地山修禅萬安禅寺」と言います。
山門は2014年に改修工事が完了しました。 その時に指月殿から金剛力士像が運ばれました。
北条氏の庇護を受けて栄えましたが、鎌倉幕府二代将軍頼家が幽閉された場所としても知られています。
「修善寺物語」で有名になった頼家の仮面などが宝物館に展示されています。
修善寺のまとめ
今回の旅行では、下の地図の①から⑩までを足早に1時間程で廻ってしまいました。
修善寺は「伊豆の小京都」とも呼ばれ、静粛でノスタルジックな景観が魅力的です。
今回も十分その雰囲気は味わえましたが、次回は廻り切れなかった源氏のゆかりの史跡やライトアップされた「竹林の小径」などを巡った後に、温泉にもゆっくりと浸かって、美味しいお酒を飲めたら最高だと思います。
次回に続く
Mahalo !